有限会社マイルドスクエア



   わたしはどうして私なんだろう     平成12年 1月

 こんなに、寒い日によくいらっしゃいましたね。今日のあなたは、赤頭巾ちゃんというよりは、マッチ売りの少女にみえますよ。もっと暖炉の近くにいらっしゃい。ああ、こんなに冷たい手をして。
 温かいロシアンティを、いれましょうね。そうそうおいしいクッキーもあるのよ。どうぞ召し上がれ。
 両手でカップを持ってごらんなさい。ほうら、暖かいでしょう。

 ねぇ、ねぇ、おばさま、この間からときどき思うの。私は、どうして私なんだろうって。まぁ、テツガクしているのね。ごめんなさい。ちゃかしたりして。うーん、そうね。「私は、どうして私なんだろう」
 私も、あなたぐらいの年だったかしら、もう少し小さい頃かもしれませんね。その頃住んでいた家の2階に上がる階段は、昼間でも少し薄暗くてね、そのまわりの壁に落書きする楽しみを覚えたの。じっと壁を見つめいろいろな言葉が、浮かんでは消えていく中で、いつも書く言葉は決まっていました。「かわいそうなわたし」好きでしたね、その言葉。字を書くことを知り得て文字で感情を表現できる不思議さ。さりげなくひとに伝達できる。最初は見つからないように書いていたのね。だんだんと大胆になって書きましたね。好きでしたね。ときめきました。恍惚としましたね。

 ある日は、階段の5段目で腰掛けて空想に遊び、ある日は、階段の7段目で腰掛けて歌を歌います。そして御開きにするときに「かわいそうなわたし」と落書きして その場を離れました。そんな日々のなか、私はどうして「かわいそうなわたし」って書くことが好きなんだろう。なんていやな子なんだろう。そういう思いが入り乱れて、心のうちは、はちきれそう。
私はどうして私なんだろう。仲良しの和子ちゃんでもない。まぎれもない自分がある。

 赤頭巾ちゃん、人は死ぬまで自問自答していきます。私はどうして私なんだろう。そのおもいが、昇華して、凝縮して、芸術や学問や遥かに宗教までにも、到達します。難しいことを、いいましたね。恥ずかしいわ。
暗くなってきたわ。早く帰らないと。また、いらっしゃい。
赤頭巾ちゃん。

          秋 田 佳 津


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